【梅の橋→浅野川大橋】
3日、明日から寒くなり雪が降るという、午後から“雨”の予想に尻を叩かれ、朝から久しぶりのサイクリングをしました。行き先は、午後から節分の豆まきが行なわれる“ひがし茶屋街”と浅野川河畔の“秋声の道”そして帰りは兼六園経由。午前中の1時間半でした。
(宇多須神社の豆まきは、午後から所用があり、残念、今年は行けませんでした。因みの雨は6時少し前から・・・)
(ひがし茶屋街)
(昨年と変った、豆まき台の付いた宇多須神社)
”秋声の道“は40本以上もの桜の並木で、花見時には、見事な花に多くの市民が押し寄せますが、この時期、道に迷った観光のお客様か駐車場に入る人ぐらいのもので、冷たい川風に早歩きのお客様の姿をたまに目にしますが、3日は曇り、気温も高く、余裕もあり見るとはなし桜の古木を眺めていました。
日露戦争の戦勝記念に植えられて染井吉野だとかで、樹齢100年以上となれば染井吉野の限界を超えています。幹は、右巻きにねじれて、コブだらけ、おまけに幹は裂け、内臓をさらけだしたかのように、血管のような、根なのか枝なのか何本もの筋がはみ出していました。
道の脇にある東山河岸緑地の広場の隅に、近年、和風庭園風の小高い丘が造成されました。その日は、気温が高く雨も降らないためか、近くの保育所(幼稚園)の子どもたちがやってきました。カメラを構え望遠のファインダーを覗くと、行儀よく並んだ子どもたちの手前に「ワシントンの桜、里帰り事業」の標識が目に入りました。
いつも来ているのに、初めて気付き近寄ってみました。標識の裏側には平成24年と書かれていて、右に苗が植えられていました。どうもこの植樹は、金沢育ちの世界的化学者高峰譲吉博士の尽力により米国に贈られた桜を母国日本に戻す「ワシントンの桜・里帰り事業」の一環で、金沢城や市内の大学や緑地に植えられたものの1つのようです。
(緑地の子どもたち)
当時、日米友好の「高峰桜」の植樹事業は、記念式典や演奏会も有り、新聞などで何となく知っていましたが、ここに有る事など露知らず、しかもいつも来ているのに、また、泉寺町の国泰寺さんと博士の関係などを調べた事もあるのに、植樹にあまり関心がなかったのか、2年近くになって、初めて知った次第です。
(緑地の和風の庭)
知っているつもりでも、知らないことだらけ!!そして、あちこちにいろんな繋がりがあり、関心を持つだけで、出歩くたびに発見が有る金沢の町歩き、まだまで長生きできそう・・・。
今日から雪、今晩は兼六園の雪のライトアップが楽しめそうです。