【東京・本郷】
大正12年(1923)9月1日11時58分32秒、関東地方に大震災が襲います。地震の国日本では、昔は忘れた頃にやってきましたが、最近では忘れないのにやってきて、今も熊本地震で甚大な被害をもたらしています。関東大震災は未曾有な地震災害で、当時の東京市の全面積の50%に達し、焼失家屋41万1千余戸、罹災者154万7千余人、死亡者10万余人の他、横浜地区でも全市潰滅だといい、言葉では言い表せない惨状だと伝えられています。
(その時、8月24日に加藤高明首相が病没し、次期首相が定まっていなくて、政府の震災対策が遅れ、惨禍増大の一因となったと言われています。9月2日夕刻に山本権兵衛首相が誕生します。)
(山本権兵衛首相)
当時前田家は本郷邸に起居し、嗣子の利建氏のみは夏季休暇中のため鎌倉別邸に、後室朗子は病臥中でした。利為候は第一震とともに家職員に倒壊並びに防火延焼防止の警戒配置を命じ、午後3時頃には類焼も時間の問題となり、この間に天幕を急設して後室を大久保別邸にお移しし避難させ、神璽を御霊舎から洋館地下室に奉還しています。
(関東大震災の震源地と震度)
その頃、罹災者は火勢を逃れ、安全な場所を求め街頭にあふれ出します。利為候は難民救護を決意し、門を開いて邸内に収容するとともに炊飯供与を開始します。避難民は瞬時に4,000人に達し、門外には数千人が殺到しますが、過度の収容は万一の場合損害の激甚を招くと判断し、4,000人を限度に閉門しています。
(本郷邸)
震災2日目。余震はなお止まず火災はいよいよう拡大し全都が焦土化、政府の統制ある施策はまだ実施されず、食糧、飲料水などの窮乏、負傷者の収容などが緊急事になってきます。利為候は、早朝より自動車で川越付近に赴き、鉄板、ロウソク、医薬品、食糧など罹災者救恤に必要な物資を蒐集し、罹災者8,000人分の物資を購入し当座の救恤に遺憾なきを期します。
また、避難者の中に、2人が産気づくものも出て、臨時産室を設け保護し、夫々に男と女が無事出産し、利為候は請われ命名しています。また、避難者中に、病人、負傷者などが多く、医師2人を依頼し治療を要する者が続出し、当日だけで200人に達したといいます。
(この日夕刻ようやく山本権兵衛内閣が誕生。戒厳令が公布され、事態収拾が始まりました。)
震災3日目。余震はなお続き、流言蜚語が乱れ飛び、延焼範囲を広げていきます。午前2時黒門町方面から延焼を続け火勢は午前4時上野広小路に迫り、折からの東風にあおられ本郷邸は危機にさらされます。午後4時のなると戒厳令司令部から東京警備に関する命令第一号が下達され、近衛歩兵第四連隊は本郷、下谷方面の警備を担当することになり、利為候の大隊は本郷邸内に警備本部を置き、戒厳任務につきます。
震災4日目。3日夜、降雨で猛威を振るった火災は早朝にはほとんど鎮火します。茫々焦土と化した東京の災禍を眼前にした市民は、呆然自失の態でした。利為候は二条家、近衛家など在鎌倉に親戚方のため救援物資を送って被災による困難を救っています。一方、本郷邸にはなお5~600人の罹災者がいて、食糧供給、医療などを続けていますが、この日政府は臨時救護事務局を開設し、本格的救援を開始し、利為候は、直ちに30万円(現在なら1億5千万円~2億円か?)を寄付しその活動を援助します。
震災5日目。戒厳令に基づく軍隊の配備も完了、各方面からの救援物資も到着し始め、市民はようやく平静を取り戻します。利為候は、邸内罹災者収容を中止し、代って翌6日より10日までの間1日1,000人分(1人握り飯2個、たくわん若干)を炊き出し、門前に給水所を設け飲料水を供給します。
(1日目、6日は数時間前から希望者が殺到し、1,200人分の食糧は瞬く間になくなる状況で、給水は昼夜の別なく続けられ、避難者のオアシスとなります。邸内の避難者は6日早朝より退去が開始し、行先の相談や引取人の捜索などを援助し9月24日まで全部退去しました。)
利為候は、この救恤(きゅうじゅつ)行動は「安政二年十月二日大地震覚」を参考にしたと言っていますが、10月11日の日記には「昨今盛んに大地震対策が議論されているが、前田家に所蔵する安政大地震覚並びに関東大震災関係書類をひもとくとき隔靴掻痒(かっかそうよう)の感がする。」
利為候の救恤活動は、リスペクトする5代綱紀公の事蹟にある「お救い」に学んだもの? 陰徳を積もとする平生の心構えより発したもの?いずれにしても最も顕著なものに思います。
(救恤(きゅうじゅつ):《名・ス他》貧乏人・被災者などを救い、恵むこと。隔靴掻痒(かっかそうよう):《「無門関」序から。靴の上から足のかゆいところをかく、の意》思うようにならないで、もどかしいこと。核心にふれないで、はがゆいこと。「―の感」)
(つづく)
参考文献:「前田利為」前田利為候伝記編纂委員会・昭和61年4月発行他