【兼六園】
27、禁忌 禁止事項
一名所をまねバんには、その名をえたらん里、荒廃したらば、其所をまなぶべからず。荒たる所を家の前にうつしとどめん事、ハバかりあるべきゆへなり。
一弘高云、石□荒涼に立べからず。石ヲ立にハ、禁忌事等侍也。其禁忌をひとつも犯つれバ、あるじ必事あり。其所ひさしからずと云る事侍りと云々。
山若河辺に本ある石も其姿をえつれバ、必石神となりて、成崇事国々おほし。其所に人久からず。但山をへだて、河をへだてつれバ、あながちにとがたたりなし。
一霊石は自高峯丸バし下せども、落立ル所ニ不違本座席也。如此石をバ不可立可捨之。
又過五尺石を寅方ニたつべからず。自鬼門入来鬼也。
(訳:1、名所を模写するには、その名を得たち地が荒廃したならば、その所をまねてはならぬ。荒れた所を家の前に写しとどめることは憚るべきことだからである。
2、弘高(先達か?)が言うに、石は荒涼に立ててはならぬ。石を立てるには禁忌のことなどがあり、その禁忌を一つでも犯すならば主人に必ず事故があり、そこは長く保たない、といったことがある。山または河辺に元あった石も、その姿を変えれば必ず石神となって祟りをなすことは国々に多い。その所には人が久しく居ない。但し山を隔てて、河を隔てて、遠くへはなれたならば、強いてと祟りはない。
3、霊石は高峰からころがし落としても、落ち立つ所に、本の座所に違わず立つのである。このような石を立ててはならぬ。捨てるべきである。また、五尺以上の石を東北東にたててはならぬ。鬼門から鬼が入り来るからである。
兼六園では
兼六園では、縮景として、近江八景(霞ヶ池)、手取峡谷の黄門橋(白龍端)、那智の滝(翠滝)京・御室(山崎山辺り)等、国内の名所を模しているところが多い。特に加賀藩主は上京するごとに江州の景色を愛でているし、12代斉広公の後室真龍院は、京の前関白鷹司政凞の女です。また、12代斉広公・13代斉泰公は加賀宝生の完成者でもあり、100有余の謡曲は京都周辺の景色を謡ったものが多い、したがって京都辺りの名所を模したものが多いのでしょう。
(近江八景の竹生島を模した亀甲島(蓬莱島)霞ヶ池)
(近江八景・唐崎神社の松を移植)
28、 禁忌 山の禁止事項
一荒磯の様ハ面白けれども、所荒て不久不可学也。
一嶋ををく事ハ、山嶋を置て、海のはてを見せざるやうにすべきなり。山のちぎれたる隙より、わづかに海を見すべきなり。
一峯の上に又山をかさぬべからず。山をかさぬれバ、崇の字をなす。水ハ随入物成形、随形成善悪也。然ば池形よくよく用意あるべし。
一山の樹のくらき所ニ、不可畳滝云々。此条は□あるべし。滝ハ木ぐらき所より落たる□そ面白けれ。古所もさのみこそ侍めれ。なかにも実の深山にハ、人不可居住。山家の辺などに聊滝をたくみて、其辺に樹をせん、はばかりなからむか。不植木之条、一向不可用之。
一宋人云、山むしハ河岸の石のくづれおちて、もとのかしらも根になり、もとの根もかしらになり、又そばだてたるもあり、のけふせるもあれども、さて年をへて色もかはりこけもおひぬるハ、人のしわざにあらず、をのれがみづからしたる事なれバ、その定に立も臥もせむも、またくはばかりあるべからず云々。
(近江八景の浮見堂を模した霞ヶ池の内橋亭)
(訳:1、荒磯の様は面白いけれども、ところが荒れて長く保てないから、学んではならぬ。
2、島を置くには、山島をおいて、海の崖の見えないようにするとよい。山のとぎれの間から、少し海を見せるべきである。
3、峰の上にまた山を重ねてはならない。山を重ねたならば、祟りの字をなすからである。水は入れ物に隨って形をなし、形に隨って善悪をなすものである。そうであるから、池の形はよくよく注意しなければならない。
4、山の樹の暗い所に、滝を畳んではならない。この条の解釈には差がある。滝は木ぐらい所から落ちることこそ面白い。古所も専らそのようになっている。中にも実際の深山には、人が居住することは出来ない山家の辺などに、いささか滝をこしらえて、その辺に樹を植えることに憚はないであろう。樹を植えないという条は、一向に用いる必要がない。
5、宗の人がいうに、山または河岸の石が崩れ落ちて、断崖や谷底にあるものは、古くから崩れ落ちて、もとの頭も根になり、もとの根も頭になり、また峙っているものもあり、仰向けに臥せるものもあるけれども、さて年を経て色も変わり、苔も生えているのは、人の仕業ではなく、石が自分自身でしたことであるから、その定めによって、立てるも臥せるも全く憚りはない。)
(山崎山の御室の塔)
禁忌(きんき)とは、「してはいけないこと」の意。タブーとしての禁忌には道徳的な含みがあるのに対して、他の用例では、技術的、科学的な根拠によって禁じられている。
兼六園では
1、新磯の様態は面白いが、荒れているところを学ぶべきではない。
2、島を置く事は、山島を置いて海の果てを見せないようにするべきで、山のちぎれた隙間から、わずかに海を見せるべきである。
3、峯の上に、また、山を重ねてはならない。山を重ねるのは「祟」の字を作ってしまう。水は入るものに従って形を成し、善悪というのは形の成り立ちに従うのである。だから池の形というのはよくよく用意しておくべきである。
4、山の樹木の暗いところに、畳滝は駄目であるという。この条は(再検討?)すべきである。滝は木で暗い所から落ちている様子が面白いのである。古い所も、そのように侍っている。なかにも本当の深山には人は住めない。山家の辺などに聊滝を(たくみて=巧妙に配置して?)そのあたりに樹を植える、などというのは、憚り(遠慮)がないのではあるまいか。不植木という条項は、一向に用いるべきでない。
5、宗人が言うには、山もしくは川岸の石が崩れ落ちて、もとの頭も根になり、もとの根も頭になり、又、そばだてたというのもある。のけ臥せるというのもある。だが、歳を経て色も変わり、コケも覆うというのは人の仕業ではない。己が自らしたことであれば、その定めによって立ても臥せもしようが、そうではないので、まったく憚り(遠慮)ありようがないと云う。(実際に兼六園では、趣味優先で、科学的な根拠は・・・?)
(噴水)
この項では、具体的に禁忌(タブー)が上げられています。今の兼六園では、当時、禁忌(タブー)としか思えない「噴水」が、今は人気のスポットになっています。禁忌(タブ-)は、先例や先達が示した事なのでしょう。作庭記を含め東洋や日本の伝統では、造園は、自然に従い自然に逆らわないという思想から、自然は、時代と共に変化しても有るがままの自然に、手を加えることを敢えて避けてきたのでしょうか?
(つづく)
参考文献:「兼六園全史」編輯者 兼六園全史編纂委員会・石川県公園事務所 兼六園観光協会 昭和51年12月発行「兼六園を読み解く」長山直治著 桂書房 2006年12月発行 「兼六園歳時記」下郷稔著・能登印刷出版部 平成5年3月発行 ほか