【加賀藩・金澤】
藩政期の職人は、大工、左官職人のように外で仕事をする出職(でしょく)と、金工や漆工など家で制作する居職(いしょく)とがあり、また、大名の注文により制作する御用職人と庶民を相手にする町職人とに分かられていました。御用職人は屋敷を与えられ、姓が許され、扶持(藩からの手当)まで受ける者もいました。
(加賀藩の御用職人は、金工では後藤家、水野家、勝木家、桑村家。漆工(蒔絵)の五十嵐家、清水家、椎原家の3家。陶工では大樋長左衛門などが知られていて、中でも蒔絵職人は“御蒔絵師”と敬称で呼ばれていました。)
御用職人は提灯や通箱、暖簾に御用と大書して、権力者に繋がるものであるという誇り掲げ、藩や武士、上層商人の需要を一手に引き受けていました。各種の職人は親方の下で徒弟として働き、親方はその徒弟一門を統率しました。親方は技術継承者として優れた技術を持ち工房の代表者として地位も安定していて、今日的には、デザイナーでアートデレクター、コンダクター、経営者として機能し権力と密着することで工房を維持、拡大を図っています。
(親方は代表者としての工房を維持するためには、徒弟を優れた技術の後継者にする必要があり、徒弟から優秀な人材を選び養子縁組を行いました。因みに大阪船場の商家では息子に相続をさせず娘の婿養子を取ったそうですが、技術の世界でも同様で、養子達も親方の娘婿として養子縁組すれば工房の親方のなれるだけに励みになり、また、技術が伴わない出来の悪い息子より技術を大切にした職人道であった思われます。これは御用職人、町方職人にかかわらず適用しています。例えば、金工職人の頭取役を勤めた水野源六の家系では、幕末まで8代の内4代目から10代目まで7人が養子だったそうです。)
町職人は、幕末の金沢には404人いたと書かれたものがあります。どのような仕組みで仕事をしていたのかは詳しくは分かりませんが、仕組みは概ね御用職人と同様だと思われますが、違うのは出職人も居職人も自らお客様を見つけるか、親方の仕事を手伝う、または、その下請けだったものと思われます。
(元々職人は、職業を持つ人を云い、戦国時代には手工業が盛んになるとその業をなすものを指すようになり、後に城下町建設が盛んになると職人が優遇されています。商人は職人の次の位置(士・農・工・商)に置かれていますが、城下町建設が終わると大名達は財政の確立、領内経済の安定から商人の優遇が始まり、城下町に商人を招き居住を与えます。その結果、職人の地位は商人と逆転しますが、それでも職人は城郭・居屋敷・武具など軍役にかかわる工事や兵器・軍船・衣服・調度品の制作などにあたり、武士に役立つ仕事が生き残り、やがて、戦いがない平和な時代になると工藝職人が多くなっていきます。)
金沢の幕末の職人404人は、武具関係の職人が80人で工藝関係の職人は約19,8%、内訳は鞘師(さやし)29人、研師(とぎし)21人、柄巻師(つかまきし)14人、刀鍛冶7人、鐙師(あぶみし)4人、具足師(ぐそくし)2人、靭師(しないし・なめし革)2人、具足春田鍛冶1人、他は工藝職人324人で以下80,2%は、紺屋上絵書(友禅画工)・形付職人84人、髹漆(漆塗り)職人78人、指物職人36人、白金職人27人、錺職人26人、蒔絵職人20人、鼈甲鯨櫛職人20人、厨子職人12人、仏具職人9人、鋳物職人4人、仏師3人、下地職人3人、金・銀細工職人2人とこの時代になると、工藝職人が圧倒的に多くなります。
(文化8年(1811)の町絵図名帳によると金澤城下の手工藝職人の居住地域分布は、武具職人34人は尾張町を除く、本町、地子町の区別なく万遍なく市内に分散していますが、工藝関係の職人の多くは河原町に集住し、工藝以外の職人(大工、紺屋職人、足駄職人、桶職人、木挽、鍛冶、仕立物職人、傘職、畳刺職人、針職人、竹細工職人、判木職人、御用字波師)などは相対請地から発達した地子町の大衆免(だいじゅめ)地域に集住しています。)
藩政初期(17世紀半ば)の金沢町奉行脇田九兵衛が言ったという職人観を現代文に訳し田中喜男氏は「職人は手仕事により賃銀をえるもので、仕事の内容により賃銀の高低はあるが、すぐれて富裕となることはない。仕事を怠れば身を養うことも出来なくなると云うのである。」これは支配者ばかりではなく、近世の人々の一般の職人観であったと記しています。
また、藩政期を通して、藩の意図により、御用職人と町職人を区別され工房の権威主義が助長され、町職人は一般への侮蔑・軽侮を深め、金沢の職人社会の長い後遺症として残り、傷つけていると田中喜男氏は「職人の世界」で述べています。
田中嘉男:1923年金沢生まれ。日本経済史の学者、経済学博士。元金沢経済大学教授、著書「近世在郷町の研究」「城下町金沢」など多数。
参考文献:「伝統工芸職人の世界」田中喜男著 雄山閣出版株式会社 平成4年2月発行他