【金沢・出羽町、本多町界隈】
5月16日。ほっと石川観光ボランティアガイド連絡協議会の総会が石川県立美術館別館で開催されました。今回は“金沢まいどさん“が担当で、午後からの研修コースは「まいどさん」の研修部会が設定した「鈴木大拙館と本多町界隈」です。街中とは思えない原生の森に近い「本多の森」を背景に、西暦547年に草創されたという金沢最古の“石浦神社”や谷口吉生氏が設計した”鈴木大拙館“そして”石川護国神社“などを歩きました。
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(総会会長挨拶)
県内から集まった参加者は110人と多く、10班を2組に分け別館から左右にスタートしました。私達の班は、石川県立美術館別館→石浦神社→本多町→鈴木大拙館→北陸放送松風閣庭園→緑の小径→中村記念美術館前→美術の小径→功業不磨の碑→石川護国神社→石川県立美術館別館のコースでした。
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(会場の石川県立美術館別館)
≪石浦神社≫
大昔、古墳時代(547年)の草創で、金沢最古の宮といわれています。かっては三輪神社を号し、奈良時代には神仏習合となり石浦山慈光院長谷寺と改め、江戸時代には石浦山王、石浦大権現となり、所在も現在の日銀や卯辰山、そして、今の鈴木大拙館辺りに、明治の神仏分離令により 現在地の移り石浦郷の地名をとり石浦神社と改称したといいます。
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(石浦神社)
(加賀國式内等旧社記には:三輪神社、式内一座石浦郷石浦村鎮座称石浦山王石浦郷七箇村惣社今属石川郡也と記されているそうです。)
≪鈴木大拙館≫
金沢市出身の仏教学者である鈴木大拙氏への理解を深め、思索の場とすることを目的に、金沢市が平成23年(2011)10月18日に開設しました。施設の設計は金沢市にゆかりの深い日本芸術院会員の谷口吉生氏で、大拙生誕地の近くに立地し、借景となる本多の森との調和や大拙の精神とされる「静か」「自由」の具現化を図ったそうです。
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(鈴木大拙館)
≪旧本多家中屋敷霞ヶ池≫
北陸放送松風閣庭園(旧本多家庭園)は北陸放送の裏にあります。江戸時代初期に加賀百万石の家老本多家の庭として造られたそうで中央に大きな池があります。その池を”霞ヶ池”といい、現在はその畔に陶芸工房があります。以前は公開されていませんでしたが、鈴木大拙館がオープンされてから、通り抜けは出来ませんが鈴木大拙館からのみ松風閣庭園に入ることが出来るようになりました。
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(霞ケ池)
≪緑の小径≫
鈴木大拙館の裏手から本多の森の斜面緑地に沿って金沢市立中村記念美術館までを「緑の小径」といいます。中村記念美術館前の梅林から「美術の小径」に繋がっています。また、中村記念美術館から本多町の通りに出ればすぐに金沢21世紀美術館があります。崖下の鬱蒼とした森の小径ですが、数分歩けば街中です。
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(緑の小径)
≪美術の小径≫
中村記念美術館前の梅林から辰巳用水が滝のように流れる斜面横、階段のある坂道が美術の小径です。登ると石川県立美術館の裏に出ます。石川県立美術館の裏は遊歩道が整備され左に行くと別館裏へ、右に行くと石川県立歴史博物館や石川県立能樂堂や石川護国神社に繋がっています。
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(本多の森)
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(美術の小径)
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(県立美術館裏の遊歩道・今はシャガが群生)
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(陸軍旧陸軍金沢偕行社)
明治31年(1898)大手町に建築され、明治42年(1909)現在地に移築されたものだそうです。
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(旧陸軍第九師団司令部庁舎)
旧金沢城内に建築されたが,昭和45年(1970)に現在地に移築され,その際両翼の一部が切り縮められました。
≪功業不磨の碑≫
明治から昭和の初期に活躍した卿土史家日置謙氏の功績を称えた石碑で、「こうぎょうふま」と読み、意味は“永遠に称えられる立派な業績”で、昭和44年に建立され、書は当時の石川県知事中西陽一氏です。
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(功業不磨の碑)
(日置謙:明治6年(1873)3月4日金沢生まれ~昭和21年(1946)6月6日死亡(74歳)第四高等学校卒。中学校で教鞭をとる一方で「加賀藩史料」「加能郷土辞彙」などを編集され、また、石川県の依頼で大正10年~昭和2年まで「石川県史」5巻を編纂されました。)
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(石川護国神社本殿の「顕忠」の扁額・14代金沢藩藩主前田慶寧公の揮毫)
≪石川護国神社≫
平成23年(2011)に設定された石川護国神社の松竹梅巡りは、幸せや健康、子宝などを祈願する参拝コースで、女性の魅力を磨く「パワースポット」として発信されています。境内にある樹齢600年といわれる五葉松は「平安と長寿」を、キンメイ孟宗竹は「竹の節は、節度ある女性」を示し、紅梅白梅は「雪の中でも花を咲かせる生気と華やかさを持ち、子宝の恵まれる」というのだそうです。
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(石川護国神社)
(五葉松は、昭和10年(1935)神社が卯辰山から遷宮の折、当時石川県庁の前庭から移植された木で、藩政期、加賀騒動で知られる大槻伝蔵の屋敷にあったという、伝説の五葉松らしい・・・。)