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卯辰山⑥庚申塚

【卯辰山】
庚申塚は、帰厚坂から20分ぐらい登ったところにある玉兎ヶ丘(ぎょくとがおか)の北部にあります。ここは卯辰山開拓まで、三つの小山になっていて、今は海抜141mほどですが、開拓に際して山頂を18m削ったので、今より高く159mあり、日本海を往来する船からの目印になっていたといわれています。


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市民が見つける金沢再発見

(庚申塚)


当時の庚申塚は“禿げ山”に卒塔婆という細長い板が立ち並んで墓地のような気味の悪いところだったらしい。現在は、整備され公園に生まれ変わり、石碑や句碑が立ち今頃はツツジが何とも美しいところです。ほぼ中央の松の根元、植え込みの中に高さ50cmぐらいの石に「庚」「申」「塚」と刻まれた陶板がはめ込まれています。


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(藩政期の庚申塚、卒塔婆が立ち並んでいる、寺は観音院、卯辰山開拓禄より)


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(殉職警官の碑)


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(鶴彬川柳句碑)


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(平和の子の碑)


今から400年以上も前のこと、姉川の戦いなど、織田信長と越前の朝倉義景の多くの戦いの中で、捕虜になった朝倉義景の侍大将堀左近正之は尾張に連れて行かれ、石牢に閉じ込められるが、左近の母が朝倉家の守り神青面金剛尊に祈念したところ、ある庚申の夜、3匹の猿に助けられ脱出に成功します。


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(つつじの美しい庚申塚)

越前に帰りますが、追っ手を避けるため万蔵坊と名も改め坊主になり金沢に落ち延び卯辰山で主君朝倉義景の守り神青面金剛尊と石に3匹の猿を刻みこみ祀り、この地に庚申堂を建て住みついたと伝えられています。


しかし、前田家が金沢に入城すると、山の上の庚申堂が城中から目障りだということで、元和2年(1616)野町の三間道に移され、卯辰山の跡地は”庚申塚“と呼ばれ今は名前だけが残っています。


野町三間道の庚申堂は、今は跡形もありませんが、聞くところによると、明治の初めにはお寺はもうなく、浄瑠璃や落語の寄席になっていたと伝えられています。


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(今の卯辰山図・赤いところが庚申塚)


≪庚申さん≫
庚申さんの日は身を慎んで夜明かしすると長生き出来るといわれています。干支の庚申(十干の庚(かのえ)と十二支の申(さる)の組み合わせで、ほとんどが庚申の年に作られた供養塔だそうです。庚申の年は、60年に1回(近年では昭和55年)。庚申信仰は、道教の説によると、人間の体内にいる「さんし」という虫が、人間が熟睡している庚申の夜、天に上がって“閻魔さん“の部下”司命“に報告するそうで、報告次第では、大きな罪は300日、小さな罪は3日、命を奪うというとか・・・。


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(現在の天神橋から卯辰山)


それで、庚申の日(60日に1回)には、みんなさん徹夜をして「さんし」が報告の行かないように、眠らないのだそうです。


参考文献:加能郷土辞彙など


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